2016年、知り合いがほぼゼロのフィリピン・マニラへ、ひとりで移住しました。
現地採用だったため、住む家も自分で探さなければなりません。まずはホテルに滞在しながらブローカー(日本でいう仲介業者)に連絡して家探し。
無事にコンドミニアムが決まったら、次はスーパーへ行って食材を買い、自炊生活をスタートさせました。
今振り返ると何でもないことですが、当時の私は初めての土地であるマニラに来たばかり。知り合いもほとんどおらず、見るもの・やること全部が新鮮でドキドキでした。
この記事では、そんな私がフィリピン移住直後に実際にやったことや、ひとり暮らしを始めた頃のリアルな日々を、当時の写真とともに振り返ります。
マニラで家探し
最初に行わなければならなかったのは、住む家の確保です。
到着後1週間のホテル滞在費用は現地採用の会社が持ってくれたので(でもホテルは自分で探して予約なので歓楽街のホテルを取ってしまった…)、その1週間で住まいを探さねばな離ませんでした。
ということで「Red Planet」という、フィリピンにわんさかあるビジネスホテルに泊まりながら、到着早々に家探しスタート!

日本にいる時から「Manila BGC(会社のある街) rent」と入れてググり、出てきた不動産のページ、Rentpadなどをで情報を探し、いくつか家の目星は付けていました。
そして、その部屋のページから日本で言う仲介業者であるフィリピンの「ブローカー」に連絡を取り、家を見せてもらうことに。
実はこのブローカーというのが厄介で、中にはライセンスがない人がブローカーとして仲介をしている場合もあるとか…!
私はラッキーな事に、フィリピン在住6年目にしてスリや強盗など危ない目に遭ったことは1度もありませんが、1年目の時、まさにこの後出会ったブローカーに8万円程ぼったくられたという痛い記憶があります。それも勉強代という思い出……泣
その後、引っ越す度に絡まなくてはならないブローカーのことは常に疑って掛かってますw
毎日何軒かのコンドミニアムの部屋を見て回ってもピンとくる家がないまま1週間が過ぎようとし
「やばい、来週から出社なのにどうしようぅぅ!!」
と焦っていた花の金曜日。
遂に出会ったピンッとくるお部屋に出会えた!!イエイ!

日本で言う1Roomタイプである「Studioタイプ」の部屋で、38平米の広々とした雰囲気、そして赤いソファーにやられました。
さらに、出勤する会社が入っているビルの真隣に位置するコンドミニアムの17階!
オフィスまで徒歩1分!!
家賃も予算内の25,000ペソで、当時のレートでは57,000円ほど。
直前に日本で住んでいたのはシェアハウスの4.5畳しかない個室だったので、
もう、開放感ありまくりで「ウェ〜イ❗️」でした。
自炊スタート
無事に家も決まってホテルを出て、さぁいよいよ自炊するぞ!と勇んで近くのマーケットへ。
マルタ留学中も自炊していたので、海外のスーパーには慣れているつもりでした。
……が、そりゃヨーロッパと東南アジアじゃ全然違うわ!
売っている野菜や果物も違えば、見慣れない食材もたくさん。最初は何を買えばいいのか結構迷いましたね。

そんな私が頑張ってしてきた当初の買い物。
なんだかパッケージが英語になるだけでオシャレ風。
密かに混ざる、留学時代に韓国人に勧められてお気に入りとなった韓国ラーメン。

そして作った料理がこちら。
食材がよく分からず、最初はサラダとパスタかチキンばかり食べておりました。
パスタはとりあえずトマトソース掛けときゃ間違いない!と思ったわけです。
しかし、フィリピンで愛されているケチャップは「バナナケチャップ🍌」という甘めの味付け。
そんなことを知らなかった私は、普通のトマトソースだと思って購入。パスタにたっぷりかけて食べてみたら……
甘い。めっちゃ甘いヨ!!
移住早々、フィリピンの洗礼を受けました。
知り合いゼロのマニラ生活はこうして始まった
移住当初はもちろん友達もおらず、飲みに行く相手もいないので1人家でビールかワインを飲みながら、YouTubeを見て英語の勉強をする日々でした。
寂しかったけれど、気に入った家が見つかったことにより、また通勤のストレス皆無という事により、
不安と共にこれから始まる全く違う世界のワクワク!!
1人酒が進む日々でした。
(たまに同僚と飲み行ってました。)
家探しもフィリピン人ブローカーと1対1なので、
「英会話の練習になるわ〜っ!」
ってモチベーションも上がりました。
この後、とりあえず知り合い(or 飲み友達)を作るか‥と、人脈広げに奮闘していくマニラ生活が始まったのです。
